f丸の生態・デイリー

よく本を読んだり、たらたらかんがえごとをしている人のブログです。

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ミステリアスセッティング 阿部和重
ミステリアスセッティング
ミステリアスセッティング
阿部 和重
面白かったですよ!阿部和重、新作。
今回は珍しく、女性が主人公でしたね。

そんなことよりもこの作品。構成が見事ですよ。f丸はこうやって小説で読んだ
のですが、携帯書籍サイトで連載されていたのですが、そこで読んだらどんなに
見事だったかと思うと、また。

ミステリアスセッティングとは、金具を使わない美しい宝石の留め方。
今回はその「一見、すぐに動いてしまいそうだけど、実は全然動いていない」という
姿勢の小説ですね。

主人公のシオリは物語の中で、最初から最後まで、他の人によって、
行動を動かされ続けます。妹、彼氏、バンドメンバー、などなど。
彼らは基本的に「胡散臭くて、完璧には信用できない存在」として描かれています。
また、動かされるといっても、一から百まですべて決定させられるのではなく、
ある程度の制約です。

そんな彼らの言葉にシオリは動かされて、「あまり幸せではない」状態へと
陥ります。最終的にはそれで命まで落としてしまいます。
けれども、この悲劇的な結末にも関わらず、この小説には「善や悪」を明確に表現
していないのです。強いて言うならば、そんな彼らに動きを合わせて、運命を
変えられていったシオリの姿勢が悪なのです。

この「ミステリアスセッティング」は情報への取り扱い方を表現した小説
だと思いました。
他人の情報や意見によって、行動をある程度決定されるシオリ。「ある程度」は
動かされるけど、「ある程度」でとどまるシオリは「影響を受けやすそうで
まったく受けていない」ミステリアスセッティングと同じ。
けれども、「ある程度」を動かされて不幸になっている状態を改めなかったシオリ
は臨機応変に態度を変えて、悪い状態から脱却できなかったのでこんな
バッドエンディングになってしまった。

かと言って、シオリの動作が「本当か贋物」かさえも疑わしい。これまた輪をかけて
胡散臭い、紙芝居の話だから。もしかしたら、そういう生き方をしたシオリは
幸せだったのかもしれない、とも考えられる。

もっと言うと、携帯の書籍サイトという新しくて先鋭的なツールで読んでいる
読者にも「それをそういう読み方で大丈夫?」と投げかける構造に。
まぁ、これは自分が「読書=本」という認識なので、語弊がある読み方かも
しれませんが、簡単に入手・消去できる形態に「それでいいの?」と疑問を投げかけて
いると思います。

「情報への取り扱い方」を丁寧に二重・三重構造で挑んだ、大変にチャレンジ精神
あふれる小説だと思いました。ラブ
海 小川洋子
海

小川 洋子
童話チックで楽しませてくれた前作の「ミーナの行進」とはがらっと
変わって、小川洋子の新作はぴりぴりとするような純文学の短編集です。

前述の川上弘美なんかが、穏やかな文章で世界への広がりを表現している
ような印象を受けるのに対して、小川洋子は同じような穏やかな文体でも
細かいポイントにぎゅっと絞って狭められていく感じです。それでも
こちらも世界へのつながり、漠然とした大きさを表現していると思うのですが。

全体的に「死」にも似た「取り残された寂しさ」のような空気感が漂うの
ですが、その中でも寂しさへの視点が多様なことによってうまく広がりと
か逃げ道を用意していると思います。

強烈な寂しさとか不安、それと、それをなんとも思っていない人たち。
その二つのコントラストのあいだの陽炎みたいな小説でした。

うーん、分りにくい表現ですみません。
ミーナの行進 小川洋子
ミーナの行進
ミーナの行進
小川 洋子, 寺田 順三
小川洋子の新作「ミーナの行進」を読了。
ステキなお話でした。

自分はこういう「童話」っぽい話には、弱いほうで
点数を甘目につけてしまうのですが、そこを抜きにしても
やはり素晴らしい。

「ベタ」という言葉で片付けてしまえば、それで完璧に片が
ついてしまう小説です。

お金持ちの親戚の家であまり裕福な生活をしていなかった
主人公が感性豊かな従姉妹と姉妹みたいに過ごした夢のよ
うな一年間。といえば内容は表現できてしまいます。

無理してたとえるならば「あしながおじさん」みたいな
中学生の読書感想文の推薦図書にもNHK教育でアニメ化
されるにも何の問題もないような作品です。

それでもこの物語には活字を追いかけているだけでも、
心の琴線に触れるようなワードがたくさん出てきます。

自分がいちばん心にぎゅっと来たのは朋子の「朋」の字
のところです。
ローザおばあさんが「ものすごく大切な友だち」と
表現したこの「朋」という字の優しさのイメージが
読み進める上でずっと持続していきました。

「お月様が二つ、ないものなのにこうして横に平等に
並んでいる。それほど仲がいいの」(少しいじっています)

ないものが二つ並んでいるのだからどちらかは贋物
なのかもしれない。そちらはいつか淋しい思いをするの
かもしれない。けれども、今は二つ並んでいて仲がいい。

自分はこのセリフだけでもこの本を読んでよかったと
思います。
他の誰かがどう言ったとしても。
図書館戦争 有川浩
図書館戦争
図書館戦争
有川 浩
図書館にはいつもいつも大変にお世話になっております。
そして、こんなタイトル「図書館戦争」。

いつもお世話になっている図書館になにが!?
三崎亜記「となりまち戦争」並みにインパクトのあるタイトルに少し
ドキドキ。興味津々。

そうですか。表現の自由を守るための「図書館戦争」なのですね。
ふむふむ。

ラノベチックな文章だけど、この作家さんは別にラノベであることを
マイナスに思ってはいないでしょうし、自分もラノベに関しては悪印象
は結して持っていないつもりなのですが、やはり文章に不満を感じますね。

文章なんてこれも結局、良し悪しを決めるのは感性の問題なので
「いいと感じればいい」「悪いと感じれば悪い」であって、あの
山田悠介だって読む人にとっては「話し言葉で書かれている山田先生の
小説は読みやすくて好き」とか言われたりするのだから。

けれども、この文章はそんな重厚感に欠ける文体のくせに、難しい
漢字・熟語は多用してあって、そのアンバランスさから「図書館戦争」
そのものを軽いたいしたことがない物だと言う解釈も出来るのだろうけ
れども、それでも自分好みじゃないなぁと感じてしまいました。

だって、なんか一昔前のアニメみたいだもの。こんな言い方をしてしまえ
ば、語弊もあるのでしょうが、それにしても悪い意味でそんな雰囲気です。
もう少し緊張感があってもいいのではないでしょうか。


宙ぶらん 伊集院静
宙ぶらん
宙ぶらん
伊集院 静
小説の内容はややマンネリしていますが、自分、これでも伊集院静
の小説を読むと、いつもはっとさせられて、目が釘付けにならずには
おられません。

文章が本当に巧いなぁと思うのです。それは描写の華美やオリジナリティ
ではなく、基本にしっかりとのっておいた無駄を省いた、そして、必要
なものを必要なだけおいた巧さだなぁと思うのです。

特に一番、完璧だと思うのは句読点です。もしかしたら、ほかの作家
さんも同じように出来ているのだろうとは思いますが、伊集院静の場合
句読点を置くことに「読みやすさ」だとか「意味の伝わりやすさ」など
に必ず意味があることが伝わってくるのです。

()やーのような飾りにもあまり頼らないし、ほとんどの場所でいらない
動作の省略が実行されています。
手元にもう本がないので、大変に申し訳ないのですがうろ覚えで
書いてしまいますが、
団子(?)が出された。美味だった。
みたいに、「食べてみたら」とかの描写が省くことができる文章の
並びとなっていますし、動作と感情の順番にも矛盾がなく「どんな
時にどんなことを書けばよいのか心得ているなぁ」と過剰にゴタゴタ
描いてしまいがちな自分としてはすごいなぁと思わずにいられませんでした。

そして、また世界観と文章が矛盾していない。それも素晴らしい。
ママの狙撃銃 荻原浩
ママの狙撃銃
ママの狙撃銃
荻原 浩
荻原浩はふり幅が広いですねぇ。
このタイトル、この表紙、このままで判断すれば、ただのおバカ小説
なのですが、そこはやはり山本賞作家。きっかりとしたことも描いてお
ります。

普通の主婦をしていて、ローンや子供のいじめに悩むママは実は
一流スナイパーだった。うーん、あらすじを書いてみるとやはり
おバカ小説だ。

けれども、人を殺してしまう事への苦悩、育児や旦那の悩みなんかは
完全に普通の重い小説のそれです。けれども、なんだか小説全体のノリ
としては、中山美穂、後藤久美子主演の「ママはアイドル」と同じ
テイストです。
って、また懐かしい例を!!

普通ならば、重い話か軽い話かで統一して進めていくので、そのギャップ
が魅力ともいえますが、「どっちなんだ!」と物足りない人は多いかも。

娘のイジメのアメリカ式解決方法はなかなか面白かったですよ。
終末のフール  伊坂 幸太郎
終末のフール
終末のフール
伊坂 幸太郎
伊坂幸太郎、絶好調です。

新しい挑戦をしていて、それでもなお、今までの魅力を失わない稀有な
作家さんですね。

まぁ、ざっと内容の説明をしておきますが、今回は「小惑星が地球に
ぶつかることが確定して、三年後くらいに地球滅亡が決まってしまった
近未来の地球に暮らす人々のおはなし」です。

普通ならば「地球滅亡」をモチーフに描くと、パニックかもしくは「アル
マゲドン」とか「ディープインパクト」みたいな回避しようという
話の流れになる中、このように「ただあきらめて普通に暮らそうとする
人々」にクローズアップするのはなかなかない話ですね。

もしも、この話から「世界が滅亡する」という設定を取り払ってしま
ったらこの小説はややオチが弱い連作短編集になるのかもしれません。

でも「最後だから」で「普通に生きようとする」彼らには「普通ならば
味わうことがなかった苦悩や暴動の悲劇」が背後にはあって、それが普通
の暮らしの中からセリフなどで浮き彫りになっていて、それがとても
しゃれています。

たとえば「この世の終わりかと思ったわよ」
「この世の終わりなんですよ」とか。こんなのありえないでしょう。もちろんいい意味で。

ちゃんと生きて、ちゃんと悩んで、ちゃんとあきらめて、それでいて
ちゃんと前向きになって、ちゃんと普通の生活をしている。

そんな人たちが集まった気持ちのいい小説でした。
北緯四十三度の神話 浅倉 卓弥
北緯四十三度の神話
北緯四十三度の神話
浅倉 卓弥
いいですね。この表紙。
もうこれだけで、クリスマスプレゼントに採用できそうです。
内容のほうも適度に暗くて、適度に温かくて、適度にハッピーエンド
です。
さすが浅倉卓弥。片山恭一になりそびれた作家さんです。

って、なんかすごく偉そうな口ぶりで、お前は何様だと、自分でも
大変に思うのですが。
けれども、この人は本当に直球で泣かせようとする作家さんですもの。
「四日間の奇跡」なんか完全にどこかで「セカチュー」か「博士の愛し
た数式」になりそびれた小説ですもの。

映画との兼ね合いもありますし、それが「いい小説」「悪い小説」という
ことは、また別の話しで、それにはまた人の価値観が絡んで、ややこし
いことになってしまうので、このあたりで中途半端にとめておきますが。

確実に「四日間の奇跡」は「今、あいにいきます」とか「博士〜」と
一緒にポストセカチューの座を熾烈に争っていたはずです。
あと「天国の本屋」も。

そんな話しはおいておいて、本編の話しを。
ポスト片山恭一ですから、この話でも当然、人は死にます。それで
悔恨に悩みます。

けれどもこの話しはややその悔恨がマイルドですね。一応、姉妹が一人
の男を奪い合う話しともとれないことがないので、そこだけクローズアッ
プされてドラマ化されたら、すごい目つきで、内面を殺して仲たがいす
る姉妹が登場したはずです。

うーん、姉 深津絵里 妹 石田ひかり あたりはどうでしょう?

けれどもこの小説だと、両親の死なんかも絡んできて、その辺が抑えら
れています。妹のDJのシーンもうまく話しを絡ませることが出来て
面白いなぁと個人的には思います。

結局、オチとしてはだいぶどうってことはないのですが、登場人物が
サバサバしているのが文体ともあってていいなと思います。

しかし、映画のヒットは本当に分かりません。「セカチュー」と「今、
あい」も「なぜ、この二作?」と聞かれたら、たぶん誰も答えられない
のでしょう。

柴咲コウとか寺尾聡がでていたから、と投げやりな事を言いたくなって、
すると、なんだかそれもあながち間違いではないような気にもなります。
チョコレートコスモス  恩田 陸
チョコレートコスモス
チョコレートコスモス
恩田 陸
恩田陸の今までになかった味わいの小説。

まぁ、なかったというには御幣があって、小説の雰囲気としては
「ロミオとロミオ〜」のようなコメディタッチの学園モノの味わいが
そこそこあります。

けれども、恩田陸がこういう芸術系の作品でコメディですよと分かって
描ききっているのは見たことがない、と思います。

そんな誰も聞きたくないような薀蓄はともかく、結果から言うと
面白かったです。
でこぽんさんも書いていましたが、完全に「ガラスの仮面」です。
でも、月影先生はいない、か、な??

シリアスなところもしばしば見られて、やや雑に話しが続いていく。

こう説明すると、なんだかけなしているようにも思えるのですが、
本当にそんなことはないのです。
なんせ内容が完全に「ガラスの仮面」なのですから、つまらないはず
がないのです。

天真爛漫で息をするように演技を楽しむはちゃめちゃな主人公、
それにまつわる演劇にポリシーを持つ人たち。

そんなのいくらでも引き伸ばせばひきのばすことができて、それでも
ドラゴンボールみたいにマンネリになっても、ある程度の面白さ
はお墨付きなわけで。

どこまでも終わりはないし、この小説も「チョコレートコスモス」の
本番を描けば、いくらでも続くし。そもそも「ガラスの仮面」か
「ドラゴンボール」なんだから、こんな事言ってしまっては身も蓋も
ないけれども、やや雑なのも当たり前。

たいそう、ローリスクハイリターンな、万人におススメできる
ハイテンションなエンタメ小説でした★
そして今はだれも  青井 夏海
そして今はだれも
そして今はだれも
青井 夏海
これまた学園モノですね。でも、こちらはけっこう生徒主体。

序盤の三人の女生徒が弱みを握られて、追いつめられていく場面が
かなり痛々しくて読んでいて不愉快。

中盤以降話の中心となる、笑子の雰囲気が「ハイスクール落書」の斉藤由貴
「愛しあってるかい!」の小泉今日子みたいで、なんか素敵。

って、よく思い出してみたら、自分、この二つのドラマ一回も見ていないのに・・・ま、イメージと言うことで。著しく違っていたらすみません。

超お嬢様学校という設定でしたが、通っている生徒がみんな
本当にいい子ですね。
普通ならば、「家なき子2」で榎本加奈子がやっていたようなすごい
Sのいじめ役とか、お蝶夫人みたいな「どこの人種だ」みたいな
生徒が何人かでてきそうな気もしますが。

それはそれでよかったのですかね???